◎展示室
1F:臼杵藩稲葉家資料展示室

臼杵と稲葉家
慶長5年(1600)に美濃より稲葉氏が臼杵藩主として臼杵城に入り、幕末・廃藩置県にいたるまで15代にわたり臼杵藩5万余石を治めました。
臼杵藩稲葉家資料展示室では、稲葉家ゆかりの貴重な藩主の馬具や文具・印など日々の道具がご覧いただけます。
また13代藩主の正室が輿入れの際に持参した嫁入り道具は、家同士の結び付きを重んじた当時の婚礼を想像させることでしょう。
臼杵と稲葉家の関わりに触れて、さらに臼杵に親しんでいただきたいと思います。
2F:国宝 臼杵石仏発掘資料展示室

中世の臼杵 仏をめぐる世界
国宝 臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)は、石造美術の最高傑作品として、また、優れた文化財として広く知られています。
しかし、この磨崖仏がいつ、誰によって、どのような目的からこの地に彫られたものなのか、いまだにはっきりとは分かっていません。
また、磨崖仏周辺には、平安時代末期から室町時代末期まで磨崖仏を主尊仏とする寺院が存在していたと江戸時代中期の記録に記されていますが、その実体も分かっていませんでした。
こうしたなか、1976年から1982年にかけて磨崖仏前面に広がっている湿田地帯の公園整備が計画され、事前調査が行われました。
その後も深田川の改良工事、磨崖仏の保存修理工事に伴う調査など度々調査が行われ、古園石仏前庭部や現満月寺境内、前面に広がる湿田地帯から礎石建物跡や堀立柱建物跡、鍛冶工房跡、井戸跡、溝跡など様々な遺構が発見されました。
それらの遺構とともに多くの土器や中世陶器、中国磁器、瓦、石製品、鉄製品などが出土しました。
発見された建物跡や出土した遺物などから、この一帯には、広範囲にわたって寺院に関連する建物が存在していたことが裏付けられました。

臼杵石仏発掘資料室の展示は、磨崖仏周辺調査によって発見された遺構・遺物を通して古代末から中世に存在していた寺院の実態と磨崖仏造顕の関わりについて考えてみるもので、今なお謎に満ちた臼杵磨崖仏をめぐる世界に誘います。

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